積読ですよ!真塚さん

なにもわからない。

週刊クレヨン王国その5『クレヨン王国の白いなぎさ』

講談社青い鳥文庫20-5

クレヨン王国の白いなぎさ』

著:福永令三、絵:三木由記子、解説:田宮裕三
(解説はKindle版未収録)

 

「おれは、まだ、ぼけ老人にはならんつもりだ。ぼけんうちに、自分の墓をつくろうと思ってな、戒名の安い寺をさがしとるんだが、あんたは、もう戒名を買ったかね?」

 

【概要】
1984年 青い鳥文庫書き下ろし

 

【もくじ】
1 さつきは電話魔
2 百点マシントイレマン
3 清少納言はどこへいく
4 かげ売り屋
5 オニの城ぜめ
6 水底の町
7 クレヨン王国
8 再会
9 光のラケットで
10 海ザクラの人魚狩り
11 ジャングルの電話ボックス
12 バクのシャトータウン
13 いかり特急
14 白いなぎさ
15 病室もたのし
あとがき
(※実際には章番号は振られていないが便宜的に番号を振っています)

 

どうも週刊クレヨン王国5回目です。
ぼく自身の再読と備忘録を兼ねた感想&内容まとめです。
ネタバレ前提なので、これから「クレヨン王国」を読んで楽しみたいという方は読まないでください。
あと心あたためるメッセージやテーマは読み取らずひたすら表層のモチーフのへんてこさを面白がっていくので
そういうのが嫌な人も読まないほうがいいと思います。

 

さて今回は『クレヨン王国の白いなぎさ』。
ラストが幼少のぼくに深傷を追わせた思い出深い一冊です。


 女の子と男の子が
 自分の影を取り戻すため
 クレヨン王国へ行き
 夢を手放した男の子は帰ってこられず
 夢を諦めなかった女の子だけが帰ってくる。
 夢を失くしてはダメ。

 ごく短くまとめればこう。
 でも、この物語、すごーく変なんですよね。

 まずは2000字程度のあらすじです。

 

【あらすじ】
(数字は章番号)
①~⑤
 節分の日、七町さつきと菅原達人(通称:百点マシントイレマン)はポケットから飛び出した百人一首の札(清少納言)を追ううちに不思議な世界に迷い込む。
 清少納言を追って不思議の世界の奥に行くために、ふたりは人間の影から、それぞれ人魚とゲンゴロウの影につけかえる。
 しかしそこに節分で追い出されたオニたちが攻めてくる。逃げる際に、ふたりの人間の影を預かっていた「かげ売り屋」は手持ちの影をすべて逃してしまったという。
 持ち主からはなれた影は、クレヨン王国の白いなぎさに行くと、「生き返って」実体をもった本物になる。逆に影を失ったままの方は偽物になる。
 ふたりはオニから逃れ、影を取り戻すためにクレヨン王国の白いなぎさをめざす。


⑥⑦
 が、早々にさつきは百点マシンとはぐれる。
 水底の世界でさつきは、自分たちと同じように影を失った河童と出会い、白鳥たちならクレヨン王国への行き方を知っていると教えてもらう。


⑧⑨
 鳥たちについて行った先で、さつきは思いがけず清少納言と再会する。
 清少納言は「月ロケットの操縦士になる」という夢を叶えるために考えて行動し、宇宙パトロール隊で働いていた。
 さつきはどうなのか、と尋ねられる。こんな大変なことになってそれどころではないと答えると、清少納言はさつきを叱った。
 どんなときも夢を諦めてはならないと。



 ゲンゴロウ影の少年の目撃情報を得て、前の浜という場所に来た。
 そこで人魚たちと出会い、ここは「白いなぎさ」ではなく、「いかり特急」に乗っていかねばならないと教わった。
 さつきは自分についている影がこの人魚たちの誰かのものだろうと思って返そうとするが、すでに影の持ち主は死んでいるらしい。
 そういう場合の外し方はお婆さんしか知らないというが、人魚たちは、人魚を食う海ザクラから逃げ回っていてそれどころではない。
 さつきは海ザクラと戦ううちに、人魚の影が剥がれていることに気づく。


⑪⑫
 「いかり特急」の線路をさがしてジャングルに入ると、電話ボックスを見つける。自宅にかけてもつながらないので国際電話で父にかけた。さつきの父は、外国の王さまから港湾開発の契約をとるために,ずっと海外赴任している。電話に出たひとは英語で、聞かれては困るので歌を歌ったが、歌い終わったとき自然に切れてしまった。
 電話ボックスを出ると、マレーバクが電話料金を請求してきた。お金がなくて払えないというと、夢を売れという。
 夢を諦めれば大金と換金できるらしい。不動産業も営んでいるバクは、ついでに城の購入もすすめる。
 初めはそんなことできないと思っていたが、シャトータウンで城をたくさん見るうちに、さつきの心は揺らいでくる。
 もう夢を売ってお城を買ってしまおうと決めたとき、清少納言の言葉を思い出した。
 清少納言とパトロール隊でもらった勲章で払うというと、バクは驚き、たちまちお釣りをたくさん持ってきた。



 その日はバクの家に泊めてもらい、翌日「いかり特急」の駅まで送ってもらった。
「いかり特急」は乗客の怒りエネルギーで動くため、車掌は乗客を怒らせようとするし、乗客同士も自分は怒らず済むように他の客を怒らせようとする。
 腹を立ててはいけないとバクからアドバイスされていたさつきは、最後まで怒らず、怒らせる側にまわった。

 

⑭⑮
 ようやくたどりついた「白いなぎさ」で、さつきは影たちが生き返る瞬間を目の当たりにする。
 気がつくと自分の足元には、自分の人間の影がついていた。なんとか間に合ったのだ。
 百点マシンとも再会するが、それは本人ではなく、生き返った百点マシンの影だった。
 ふたりは、さつきがシャトータウンでもらったこうもりがさで人間の世界に帰る。
 倒れていたところを発見されたふたりは、百点マシンは入院から五日、さつきは十日目でようやく目を覚ました。
 さつきの父も駆けつけていた。電話でさつきの歌を聞いたのは王さまで、その歌を聞いて港湾開発をやめることに決めたのだという。

 

あとがき
 さつきも百点マシンも、その後も平凡な小学生として生活している。
 しかし元々は影だった百点マシンは、影の日の思い出だけは持っていないのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 まず「あとがき」と百点マシンの話をさせてください。
 初読時にぼくがこのラストに衝撃を受けました。
 生き返った影ぼくらの生活のなかに普通にいて、本人にも自覚がない。でも「雨の日の記憶がない」という特徴を持っている。
 この『白いなぎさ』と、『クリス・クロス』の「閉じ込められたゲーム世界には匂いがなかったので、香水をつけてここが現実だと確かめるようになった、というラストは、 ぼくの読書経験のなかでも特に印象深いものでした。

 

クリス・クロス―混沌の魔王
 

 

 
 さて「変な話」について

 この物語の一番大外の枠は、外国の王さまが港つくったり開発したがってるのをやめる、といういつもの自然愛護・開発批判ですね。『花ウサギ』的な。
 で、メインプロットは「失った影を取り戻す」。
 さらに夢をあきらめたらダメよの話が並走してる。夢を諦めたら生きていないも同じと描かれる。
 夢は数多の作品で、また本作中でも言われるように、夢は希望であり、生きる力にもなり、絶望から救ってくれることもある。
 本物になろうとする影を追っかけるというとちょっとゲド戦記を思い出しますが、ピーターパン、シャミッソーの『影をなくした男』などを見ても、影とはどうやらアイデンティティや「人間らしさ」を表すモチーフのようです。『ピーターパンとウェンディ』でのピーターパンの特異性は離れた影を繕うシーンで示されるし、『影をなくした男』のシュレミールは化け物扱いされる。吸血鬼や幽霊にも影がないという性質がつくことがありますね。 

ピーター・パンとウェンディ (新潮文庫)
 
影をなくした男 (岩波文庫)

影をなくした男 (岩波文庫)

 

 

 夢も影も自分を自分たらしめるもので、夢をもちつづけ、自分の影を取り戻すことがこの物語の肝要なわけです。
 ゲーム風にいえば、影を取り戻すことがクリア条件で、夢を持ち続けることはHPにあたるでしょう。
 さつきと百点マシンが帰れるか否かを分けたのは、夢を手放さずに守ったかどうか。
 シャトータウンに囚われずに済んだのも、年の魔王から帰宅アイテムをもらうことができたのも、夢を売らなかったからです。
 冒頭で述べた通り、大変わかりやすい、王道といってもいい内容です。
 失ったものを取り戻す往きて還る物語であり、生きる力を持ちづつけた物が生き残った。


 それはそうなんでしょうけど。
 夢の大切さを訴えるのは清少納言なんですがそもそも二人がこんな目に遭った原因はお前のせいなんですよね。責任があるとまでは言いませんが。
 たとえ帰れなくなっても歌手にはなれる、夢を捨てるなと言うけど
お前は宇宙飛行士になりたくて飛び出してきたかもしれんけど
ふたりはそんなつもりもないし。後述しますが、夢を持ち続けることの大切さを訴えるときにさつきの元クラスメイト松村さんのことを思い出させる件、極端すぎだよ。家族全員交通事故死して帰るところなくなったけど教師になる夢は諦めないと言った人と比べないでくれ。帰るところがある二人とは全然違うんですよ。
 私は夢のために全力なのになんであなたはそうじゃないの、みたいなこと言われても。
完全にお前が言うななんですね。
まあ生き残れたのもナゴンのおかげなんですけども。
 
 そもそもどうして百点マシンは夢を売って城を買ったんでしょうか。
 電話ボックスでバクの罠にかかったのでしょうか。
 百点マシンにとって夢も帰るところも大した価値をもってなかったんでしょうか。
 百点マシンの物語について本文は語りません。
 これはラストにも関わることですが、学校の「勉強」偏重に対する批判(百点マシンの場合は父親の教育方針)として描かれています。
それにしても百点マシンの顛末はあまりに哀れです。
 あとがきで、人間の世界に帰ったあと、さつきは百点マシンの影のようすを、元の本人にくらべて成績で突出することはなくなったがその分クラスのみんなに愛されるようになった、雨の日にさせられていた勉強が彼を歪めていたのだ、初めは哀れに思ったが本人のためには良かったのかも、と考えます。
怖すぎる。皮肉や冗談が通じて手頃な相手だ、と思っていた幼馴染をしてこう言わしめる福永先生が怖い。しかもそれ百点マシンじゃなくて影だし。元々の当人はシャトータウンで墓の下だろうけど、社会に生きる菅原達人のイメージは良くなるからいいだろうって、それどういうことなんだ。どれだけの諦観なんだ。

 

 もうひとつ。
 夢も影も、それらを手放す過程を「売買」の形式で描いています。
「かげ売り屋」は無責任な商人だし、バクは夢を売ったら当人がどうなるか知っていながら、不利なことは言わずに対等な取引をしているように見せかける。悪質です。この辺はエンデの『モモ』を思わせるところがありますが、このような商売や搾取に対する批判的な視線が全編にわたっています。まあこういう視線は『花ウサギ』で補償金めあてに開発を受け入れる漁師や、『パトロール隊長』のネダマンネン門前町に対してもありましたし、だいぶ温度はぬるくなってますが、パパの勤める建設会社にも向けられているでしょう。 

モモ (岩波少年文庫)

モモ (岩波少年文庫)

 

 

 と、見ていくと、気になるのは「いかり特急」です。 
「いかり特急」は乗客の怒りエネルギーを燃料に走る。乗車規則も車掌も、乗客を怒らせようと煽る。すでに乗車券で金を取っているにもかかわらず。乗客同士でも互いを怒らせて自分は楽をしようとしている。 けれど、さつきはこの怒らせ合戦で常に優位に立つ。一度も自分は怒らずに他人を怒らせつづける。
 とんち合戦的な、面白おかしいシーンではあるのですが、ぼくにはそのことがどうにも引っかかります。
 冒険で敵を騙したり出し抜いたりして困難を切り抜ける、というのもまた物語のよくあるパターンです。
 しかし怒らせ合いでつねに優位に立ち、他人のエネルギーだけで乗り切ること。それは本作中で批判される側の行動なのではないでしょうか。
 いかり特急は、海ザクラとの戦いとならんで本作でさつきが大活躍する場面です。おもしろいです。
 だからそれがぼくにはとてもモヤモヤするのです。 


 なお「影を取り戻す」を物語のクリア条件としましたが、 『影をなくした男』では主人公のシュレミールは悪魔の誘惑にひっかかって大金と引き換えに自分の影を渡してしまい、影無しとして化け物扱いされて落ち込んだあと、さらなる悪魔からの誘惑に対して開き直っちゃうことで自分を確立して一矢報いてしまいます。
 ぼく個人としてはそれでいいじゃんと思いますが、まあさつきは小学生ですし、まだ人間の世界に帰りたいなら影は必要ですね。

 

 


さて以下は各章のやや詳しいディテールです。

 

1 さつきは電話魔

 七町さつきのパパは建設会社勤め。海外勤務ばかりで、この間までインド洋の小さな島国で日本庭園をつくっていた。
その国の王さまは開発に関心があり、本気で開発するなら港が必要になるし、そうなれば建設会社が必要になる。そのためパパは庭園工事が終わっても、王さまを説得する役目のために残されていた。
 しかしそこに、王さまがロンドン留学していたときの恩師がやってくる。
 恩師の生物学者ワーナー博士は、このうつくしい島をそのまま残しておくべきだと主張。王さまの心は開発に決まっているが、少なくとも恩師がいる間はとりかかれない。博士が帰るまで待とうということになるが、博士は全然帰らない。だからパパも全然帰ってこられない。
 さつきは小さいころから電話でしかパパと話したことがない。
 将来の夢が歌手のさつきは電話越しにパパに歌を聞かせ、今日は節分なので電話越しにパパと豆まきをした。

 

●パパの赴任先はモルディブかな?
まずは主人公さつきの紹介と、「白いなぎさ」の印象付けです。

 

2 百点マシントイレマン

 毘沙門さまの節分会に行こうとしたとき、同級生の「百点マシン」から、俺の地図帳を間違えて持って帰ったろうと電話が来た。さつきは毘沙門さまに持っていくから待っててと答える。
 百点マシンこと菅原達人は、百点しかとったことがないくらい勉強ができたが、先生たちからは嫌われていた。あまりに早くテストをやりすぎるし、テスト中に「生中継実況放送」を口走るからだ。

「百点マシン、考えています。考えこんでいます。まだ考えています。あ、えんぴつをとりました。マシン、もえてきました。ニタリ、不吉なわらいです。血の雨がふるか、百点マシン、あ、出た、出た、必殺技、ついに出ました。ニューオクトパスホールド――きょうれつなパンチ、どはくりょく、ひょっとしてひょっとすると、この少年、天才ではないでしょうか。百点マシン、ぐんぐんとばします。トップに出ました。はやい! マシン、すごい馬力です。あとゴールまで、四題、三題、二題、一題――ゴールイン、百点マシン、またもや、またもや優勝でありまーす。あ、いた、(これは先生に頭をぶたれて)さあ、二着はだれか、大差がつきました。大差がつきましたが、吉田君か、坂本か、それともブッチャー児玉か(ほとんど立ち上がってあたりを見まわしながら)意外なところで、本間さん、ガマ口本間、テストをうらがえしました。ガハハハ、本間、わらっています。ところで、百点マシンに感想をきいてみましょう。――きょうの成績はいかがでしたか――うーん、どうってことないな――このかんろく、さすがであります、――朝は、なにをたべてきましたか――目玉やきにみそしる、のり、ごはん一ぱい、あ、いた、いてえ!」

 先生はテスト用紙の裏に落書きを許可して大人しくさせようとするが効果はなく、やがて「先生! トイレへいっていいですか!」と大声でさけぶ。先生は「トイレマン」と呼んで牽制するが、彼はへこたれない。教師にとっては困った存在だった。
 変わった子だったが、さつきにとっては手頃な相手だった。洒落や冗談、皮肉も通じるし、目立ちたがりで騒々しいところが互いに気に入っていた。

 

●菅原達人、問題児だろうけど、このあだ名はひどすぎないか担任。
 同じく青い鳥文庫から刊行している『黒魔女さんがとおる』の一番最初のエピソードも、担任から嫌なあだ名をつけられるという話だったけど、こっちは菅原くんにもそれなりに非がある(まあ発達上の特性という気もするけど)上に、こいつは全然こたえていないのが強い。

 

 出かける準備をととのえると、さつきは百人一首を取り出す。
 小さいときから出かけるときには必ずぬいぐるみや人形をお供に連れていたが、三年前に百人一首を買ってもらってからは読み札の人物をお供にしていた。お気に入りは清少納言。きょうも清少納言を連れていくことに決めた。

 さつきは毘沙門さまで百点マシンと落ち合うが、肝心の地図帳を忘れてきてしまったことに気付いた。
「ごめん、わすれちゃった。」
「ま、そんなとこでしょ。」
 そのまま連れだって節分会の福袋投げに行った。
 さつきはほとんど受け止めることも拾うこともできず、なんとか手に入れたのは赤白のひもを通した五円玉と「七等 洞穴七福神入場券」と書かれた紙切れ。
 毘沙門さまの地下には七福神を安置した長い地下道があり、そこの入場料がただになるだけ。百点マシンも取れたのは七等だけだった。
「いってみる? 洞窟。」

 

●このへんの二人の関係ややりとりは好き。
ま、そんなとこでしょ。いってみる?


3 清少納言はどこへいく

 洞窟といっても人工のもので、全部コンクリート。危険なところもない。境内のようなにぎわいもない。
 さつきがゾウ頭で太鼓腹の神様に「きっと歌手になれますように」と合掌していると、「月ロケットの操縦士にしてください。」という声が聞こえた。百点マシンの声ではなく、誰の声かはわからなかった。
 オーバーのポケットからハンカチを引っ張り出すと、清少納言の札がいっしょに飛び出し、鎖のかかった通路の奥へと転がっていってしまった。
 さつきは鎖をくぐって追いかける。百点マシンも待て待てと、鎖を乗り越えて追いかけてきた。
 見つからないまま通路は外まで出てしまった。T字路に白い道標が見える。
 まっすぐの方向には「かげの関所」
わかれていく細い道には「オニだまり」と書いてある。
ふたりがまっすぐ進むと、リスよりも小さいものが素早く走っていくのが見えた。
「あ、ナゴンだ!」
 さつきには百人一首清少納言にみえた。
追いかけて行くと、屋台の並ぶ道の先に武家屋敷のような門が見えてきた。
 それが「かげの関所」なのか、番人らしき人形が長い槍を持って立っている。ふたりが屋敷に入ろうとすると、槍で脛を打たれ、関所のなかから出てきたさむらいロボットが
「人間ではないか。さがれ、さがれ!」と言う。

 

●不思議世界へ行くのに胎内巡り(トンネル)を経たり、立入禁止の禁忌を破ることで物語を進行させるなど、手慣れたものです。


4 かげ売り屋

 関所から追い返され、屋台の並びにもどってきた。
 ふたりはもう奇怪な世界に迷い込んでいることに気づいていた。かざぐるま屋の屋台のおばちゃんは、どうみてもうさぎだった。
 おばちゃんによると、なぜ関所は人間を通してくれないのは、人間はもう自分の国をいっぱい持っているからだという。清少納言を見なかったか聞くと、関所へ走っていくのをみたという。
 清少納言は人間だから関所は通れないはずだと言い返すと、影を買ったのだ、と教えてくれた。
「かげの関所」では影を見るから、人間以外の影を買ってつければ通れるようになるのだという。

「かげ売り屋」のタヌキに清少納言のことを尋ねると、宇宙飛行士になりたいからとコイのぼりの影を買っていったという。さっき洞窟で聞こえた声は清少納言のものだったのだ。
 いろいろな影を見たうえで、さつきはローレライ(人魚)の影に、百点マシンはゲンゴロウの影をくっつけてもらった。元々の影は、剥がしたうえで商品にしてしまうというので、保管料を払って、商品にせず預かってもらうことにした。
 こうして人間以外の影をつけてることで、二人は無事「かげの関所」を通り抜けられた。


5 オニの城ぜめ

 雪の道を行くと、頭上から鳥たちの会話が聞こえた。
「きょうが、オニぜめの日かね。」「お城も、もつかどうか。」
 オニがせめてくるの?と尋ねると、

「そうじゃ。まめまきで追いだされたオニどもが何十万という数で城ぜめにかかっておる。早く城の中にはいらんと、いのちがないぞ。源五郎どのも、ともの者も。」

 二人は急いでお城に入る。先ほどのかげ売り屋もやってきた。
 お殿様はひな人形で、そばには清少納言がいる。
 城門はすぐに鬼たちに破られた。
 ひな人形と清少納言は、抜け道から屋根の上に出て、そこから風船のゴンドラで逃げようとしている。
 ずるい!と文句を言ってももう遅い。さつきは降参しようかと漏らすが、捕まったら一年間土牢に入れられる、お濠に飛び込むしかないと、かげ売り屋は言う。
 さつきは、ちゃんと保管している影は持ってきたか確認すると、かげ売り屋は「みんなはなしてやった」と無責任にも言い放った。あのままではオニに食われるだけだから、と。
 影たちはクレヨン王国の白いなぎさに行くのだという。そこで何日か寝そべっていると、かげではなく本物になれるのだと。
 影が本物になったら、向こうは影を持つ本物、こちらのさつきと百点マシンは影がないにせものになってしまうらしい。
 などと話している間にもオニは迫ってくる。
 二人は意を決してお濠に飛び込んだ

●あまりにも急な命の危機。そしてかげ売り屋のでせいで、失われた影を探す羽目に。
ともかくも、5章まで来てようやく旅の始まりです。


6 水底の町

 人魚の影のおかげで、水の中に入っても息は苦しくないし、普通に動き回ることができた。
 百点マシンを探そうと「すがわらくーん!」と呼ぶと、水底の泥が舞い上がってしまた。「すかわらくん」と言ってみると、それほど濁らない。「たっちゃん」と呼んでみるとまた舞い上がった。
 どうやら泥は、にごる音とつまる音で舞い上がるらしい。
 百点マシンは見つけられないまま、魚たちの町にたどり着く。
 さつきはナマズゲンゴロウを見なかったか尋ねてみるが、濁音と促音のない会話はすごくわかりにくい。
 親切なお巡りさんかと思っていたら、実は悪人で、強盗の片棒を担がされそうになったりする。
 さつきは「どろぼう!」と叫んで泥をまきあげ、その隙に逃げ出した。

 お濠の外に通じる川に出たようで水がおいしくなった。川の水がかなでる音にあわせて歌ってみるが、かげの関所で影ののどを突かれたせいで、だみ声しか出てこない。早く白いなぎさに行って自分の影を取り戻さないと、一生人魚の影のままの化け物になってしまう。
 自分は白いなぎさを探しているのに、パパは白いなぎさを潰そうとしていることにさつきは思いを馳せる。
 ふたつのなぎさはつながっているような気がした。

 

●ここの「濁音で濁る」挿話は他とあまり絡まないけど、なかなか味のあるエピソード。なお、かげ売り屋に銀行強盗と、「商売」や「金銭」に対する批判的な目線が今作では頻出する。一番最初の都市や港湾の開発も、自然保護の観点だけでなく、商売そのものへの批判が見えるのが今作の特徴かも。


7 クレヨン王国

 魚たちの行列に出くわしたので何があるのか尋ねると、お宮参りだという。
 彼らを守ってくれる神様に一年の無事と願い事を祈るのだそうだ。さつきも行列にくわわった。
 行列の前のほうで詰まっているので先頭に行ってみると、小さな流れがかみあって渦を巻いているところに、流されてきた釣り糸や釣り針が溜まっていた。

そのぶきみな白いうではすでに、何百という魚たちをとらえていました。魚たちは、銀色の腹を光らせたまま、はりつけにされたように動けないのです。死んでいるものもあれば、目がくぼんで、息たえだえのものもあります。

 ●またナチュラルに死体が転がってるなこの作品は。
 
さつきは自分が先頭になって道を切り開き、魚たちが通れるようにする。
 神社では魚たちは「カミサマ、オリテコナイ」と言い合っている。魚の願い事を叶えてくれるとき神様が水中に降りてきてくれるはずなのだが。
 水面から顔を出してみると、神社にいるのは河童だった。さつきはその河童に見覚えがある気がした。かげ売り屋に河童の影も売っていたのだ。
 もしかして魚たちの前に降りて行かないのは、影がないからでは?と尋ねると、自分のかげを知っているのかと訊き返される。
 さつきが白いなぎさのことを話すと、カッパはもう年で体が動かず、クレヨン王国は遠すぎるとあきらめていた。
 クレヨン王国への行き方を聞くと、白鳥たちしか知らないという。しかし白鳥たちが話すのは空の上だけで、魚たちがいる水面ではしゃべらないのだそうだ。
 さつきは気づかれないように白鳥たちの足に網にした釣り糸を結びつけ、うまいこと白鳥たちがクレヨン王国へ向かうのに便乗するのだった。

 

●これ、クレヨン王国シリーズでちょくちょく起きるんですが、「あっ、ここってまだクレヨン王国じゃなかったんだ?」という展開。もう摩訶不思議ワールドに踏み込んだ時点でクレヨン王国だと思ってましたけど、あくまでここは王国外なんですね。

 

8 再会

「基地に退避してください。この方面は"カーゆうれい"の進路にあたっています」

 夜空を飛んでいると、コイのぼりたちが近寄ってきた。白鳥たちは光る雲に降りる。さつきが網のなかから頭を出してみると、そこに清少納言がいた。かるたの札ではなく、おとなの女のひとの姿で。
 カーゆうれいとは、人間が使い古したり事故でめちゃめちゃになった車のたましいで、宇宙を駆けまわっている。清少納言は宇宙パトロール隊に所属しており、カーゆうれいたちを掃除するのが仕事なのだそうだ。
 宇宙ロケットの操縦士のテストをうけるには、パトロール隊で働く経験が必要なんだそうだ。

 よくみるとナゴンには影がない。
彼女はかげ売り屋で宇宙飛行士のコイのぼりのかげを買い、その持ち主を探すことで宇宙飛行士養成所への伝手を見つけた。すべて計画していたことだった。
 逆にナゴンはさつきに訊く。
「歌の練習はすすんでる?」
 さつきは、うちに帰れるかどうかで今はそれどころではないと答えた。
 するとナゴンは目をするどく光らせ、怒ったお母さんみたいな口調で言った。

「さつき、よくおきき、あんたは、もう二度と帰れないかもしれないし、お母さんともあえないかもしれない。でも、それでもまだあんたは、歌手にはなれるのよ。あんたのいのちがあるかぎり、あんたののぞみもちゃんとあるのよ。あんたは、自分がとくべつな体験をしたことでうろたえきっている。うろたえて、いちばんたいせつな自分をうしなってしまったんだ。」

 そして同じクラスの松村さんのことを思い出させます。
 松村さんは交通事故で両親を失い、おじさんに引き取られて転校になった。その歓送会で「新しい学校でもしっかり勉強してきっと立派な先生になる」と言った。家も両親も友達も失ってしまったけれど、学校の先生になりたいという希望だけは失わなかった。そんな場合だからこそ、その希望を杖にし柱にしてしがみついた。
 こころざしを持っていればそれにすがって生きていける。しかしそれがなければもう生きてはいけない、生きる勇気を失うだろうと清少納言は言っているのた。
 けれど、人魚のかげのさつきは、がらがらのひどい声なのだ。

 

●うろたえて当たり前だし、急に引き合いに出されるにしては重すぎる松村さんエピソード。そりゃそうかもしれないけどさぁ……という正論ハラスメントを感じる。


9 光のラケットで

 カーゆうれいは夜な夜な何万台も、地球の周りを有毒な排気ガスをまきちらしながら飛び回っている。
 その有毒ガスはウヤヒムガスと呼ばれていて、吸い込むと、人は疑い深くなり、やけっぱちになり、悲観的になり、なにをしても無力だと感じるようになるらしい。
 清少納言十二単のままコイのぼりにまたがり、金色のラケットを持ってカーゆうれいを打ち返していく。けれど体力は消耗するし、少しずつウヤヒムガスにおかされていく。
 パトロール隊員交代の際、さつきは無意識に他の隊員たちと一緒に集合していた。
 さつきもカーゆうれいをバンバン打ち返し、ガスにやられた清少納言を助けて、その日のMVPに選ばれ、勲章までもらった。
 そのあとの慰労会で百点マシンの行方について尋ねてまわると、ゲンゴロウ影のでぶ少年をクレヨン王国で見た、という証言があった。
 見かけたのは前の浜という場所だそうだが、それが白いなぎさなのかどうかはわからない。クレヨン王国の地理に詳しいものはいなかった。
 とにかく、さつきはそこに行くことに決めて、清少納言と別れた。

 

●強いこと言ってても戦ううちにウヤヒムガスに侵されてふらふらになる清少納言、いいですね。女騎士ですね。


10 海ザクラの人魚狩り

急いで前の浜まで来たものの、本当に自分の影が見つかるのか、見つけたとしてちゃんと自分に帰ってくるのか、帰ってきたらどうやって家に帰るのか。さつきは心細くなってきた。
 浜に腰を下ろして目を閉じると、自然と歌が口をついて出てくる。しかし歌っていると、きびしくとがめるような空気が漂った。気づくと波間からいくつもの怒りの視線が自分に注がれていた。
人魚だ。
 小さいのでカワウソかラッコかと思ったが、セピア色の人間の顔をしている。
 影を奪い返しにきたのだと思ったさつきは、負けない気持ちでまた歌い出した。人魚たちは悲鳴を上げ、歌うのをやめるように叫んだ。
 海ザクラが花咲かす季節だから、歌いたくても歌ってはいけないのだ、と。
 詳しく聞くと、海ザクラは開花の季節に若い人魚たちを食うのだという。実をつけるには栄養が必要だからだ。海ザクラは人魚の歌を聞きつけると狩りをはじめる。
 だから人魚たちはさつきの歌に神経質になっていたのだ。
 さつきは答えた。

「だいじょうぶ。みんなで力をあわせれば、方法はきっとあるわ。それより、こんどはあたしの話をきいてね。」

●それより!それよりじゃないだろ。命かかってんねんで。

 

 さつきは自分の話も聞いてもらう。
影のあつまる浜なら「いかり特急」で行くのが一番簡単と教えてくれた。さつきは人魚に影を返そうとするが、人魚たちはさつきの影を確かめると、おびえて次々と海に飛び込んで行ってしまった。
 この影の持ち主はすでに死んでいる、死んだ者の影をつけている者といると良くないことがある、と。

 早く影を捨てるようすすめられるが、やり方は人魚のおばあさんしか知らないという。
 さつきは人魚たちを追いかけて海に入った。
 海の中では人魚たちがあっちに逃げたりこっちに逃げたりと、ヒステリー状態で理性を失っていた。
 自分がおとりになるべく、さつきは海ザクラを歌でひきつけて、浜まで連れていく。陸に上がればさつきには足があるからすぐ逃げられる。
 さつきが歌をうたうと、海底の海ザクラがいっせいに花開き、追いかけてきた。じわじわ追い詰められ、枝が足首に巻きついた。からだじゅうでジタバタして、枝をちぎって振り切った。
浜に上がって振り返ると、浅瀬まで追ってきた海ザクラが水面上に林立していた。こいつらはここにひきつけておかなければならない。
 また歌った。しかし海ザクラたちは反応せず、静かに海の中に戻っていく。
ふいに、自分の声が元に戻っていることに気づいた。ひびわれた声ではなく、元の自分の声に。
 もしやと足元を見ると、かげがない。さっき海ザクラを振り切った時に影がとれたのだ。それでもう人魚ではなくなり、海ザクラは動きを止めたのだった。
 さつきは体中の力が抜けて、砂浜にぐったりと倒れた。

 

●かなり命の危機。ギリギリの戦いに手に汗握ります。
どうでもいいけど人魚のばあさんに聞かないとわからんという話はなんだったのか。

 

11 ジャングルの電話ボックス
 海から上がって体中プランクトンまみれなこと気にしながら「いかり特急」の線路を探して林のほうへ歩いていった。
 しばらく進むと黄色い電話ボックスを見つけた。

 

●電話ボックス、もはやかつてほど見かけることはありませんが、これが書かれたのは1984年。

 

 自宅の番号をおしてみる。ツーツーツーと話し中の音。何度かけても母にはつながらない。

 さつきはヤケになって父に国際電話をかけた。

 つながった。初めは何を言っているかわからなかったが、英語だと分かった。ワーナー博士だろうか。
 さつきは片言で名乗ると、ここで切られては困るので、歌を歌うと伝え、テープレコーダーを用意してもらう。父の関係者なら、父がさつきが電話で歌うのを録音してることを知っているはずだった。
 さつきは父へのメッセージを述べ、心に浮かぶままに歌った。電話の向こうからはパチパチと拍手が聞こえ、それでプツリと切れてしまった。
電話ボックスを出ると、マレーバクが近づいてきた。電話料金を請求してきたが、財布はオニたちから逃げたときになくしてしまった。
すると「夢を売りなさい」とすすめてくる。

「お金がないんだろう? そうしなさい。」
  と、バクがいいました。
「どうすれば、売ったことになるの?」
「それは、自分で自分に、わたしは歌手になんかならない、 もうゆめはすてた、といえば、それでいいんだよ。」

 バクはさつきの夢の目方を量ると、ゼロのいっぱいついた数字を示してみせた。
これだけあれば庭園付きの城も買える、とバクは彼らが管理するシャトータウンに案内した。バクは不動産屋でもあった。


12 バクのシャトータウン
 シャトータウンは「年の魔王」からバクがあずかっている街で、バクが城の販売特許権を持っている。
 街に入るときに「年の魔王」に挨拶するが、穴ぐらの奥に黄色い目が光るばかりで返事はなかった。
バクはなんとかさつきに城を売りつけようと勧めてくるがさつきはうんとは言わない。夢を売るなんてできないと思った。
 しかし幾つも城を見せられるうちに、こんなおとぎばなしのようなお城に住めるのならいいかも……と心が揺らいでくる。
 城の湯に入って考えを決めなさいといわれ、プランクトンまみれだったさつきはよろこぶ。風呂に入るために服を脱ごうとしたとき、紫色の星型の貝の勲章が落ちた。清少納言ととったMVPだ。ナゴンの顔がよみがえる。
 ――どんなことがあっても、ゆめをすてないで。――
 さつきはバクに夢を売るつもりはないことをきっぱりと伝えた。電話料金はどうするんだとすごんでくる(器が小さい)が、これで払う、と勲章を突きつけると、バクは目を白黒させ、計算をしにすっとんでいった。そしておさつや釣り銭をジャラジャラと持って戻ってきた。シャトーの入園料、往復の馬車代、電話料金、年の魔王へのおそなえもの料を引いてもこれだけ残るという。もちろん白いなぎさへの交通費くらい払える。


●いつのまにか電話料金以外にもめちゃめちゃ引いてて草。

そこへ鳥打帽に鉄砲をかまえ、犬を連れたカモ狩り姿のふとった男があらわれた。
 百点マシンだ。ゲンゴロウの影だった。顔も手も老いてしなびており、まるで五十歳くらいのようだった。
 彼は城を買っていた。つまり夢を売っていたのだ。
さつきは、こんなところにいてはいけない、白いなぎさへ行こうと誘ったが、とろんとした目つきで反応が薄い。そもそも白いなぎさのことなんて覚えてないみたいに。

「おれは、まだ、ぼけ老人にはならんつもりだ。ぼけんうちに、自分の墓をつくろうと思ってな、戒名の安い寺をさがしとるんだが、あんたは、もう戒名を買ったかね?」


 ごまかすように笑ってそう云う。もうさつきの知っている百点マシンじゃない。
 さつきもバクに夢を売っていたら自分もそうなっていたのだ。

 

「じゃ、おじょうさん、出発しましょう」
と、バクが、なにも見なかったような顔でいいました。

●ここのすごいところは、
「夢を売ったせいで老いさらばえた100点マシンを見たから売らなかった」
のではなく、
清少納言の言葉を思い出して断ったあとに、売っていた場合の姿を示した」
ところですね。
知った上でなら絶対に売らないでしょうが、ついさっきまで完全にお城暮らしに心傾いていたのですから恐ろしさもひとしおです。

 

シャトータウンから出るとき、ふたたび「年の魔王」に声をかける。
出ていくのがバクだけでないことを珍しがった魔王は穴ぐらから出てきてさつきを見た。
魔王は古ぼけたこうもりがさをくれた。
「いうな、きくな」魔王はさつきを制す。
「そのものにまかせろ。そのものを信じよ。そのかさは、おまえよりも、かしこい。」

バクは魔王がものをくれるなんて初めてだと驚く。
さっきの勲章の件に魔王からおくりものをもらったことも重なってバクはすっかりさつきに心服した態度で、「いかり特急」のことを教えてくれた。

 

「しょうじきいって、いかり特急は、まったくきけんな列車でござますよ。ぶじに目的地につくよりもつかない場合のほうが多いのでございます。それは、お客のほうにそれなりの技術が必要だからでございます。ただ一つ、ぜったいにはらをたてたり、おこったりしてはならない、これだけをきもにめいじてくださいませ。」

 

13 いかり特急
 その日はバクの家に泊まった。バクは翌日「いかり特急」の駅まで送ってくれ、乗車券も買ってくれた。
乗車券の裏には「乗車規則」が書いてある。

一、乗車時には、かならず車掌の支給する乗車服を着用してください。
二、せぼねをまっすぐにたもち、正しいしせいで着席してください。
三、支給される車内べんとうは、のこさずにたべてください。
四、暴力行為はきけんです。車内で乱闘さわぎがおこりますと、客車は自動的にばくはつします。その場合、保険金は支払われません。
五、さだめられた時間をこえて、列車にとどまるときには、一時間ごとに超過使用料をいただきます。
六、この乗車券でとちゅう下車はできません。

 おもちゃのようなSLにみどりの客車一両きりの編成。
 「いかり特急」は乗車服から吸収した乗客の怒りのエネルギーで走る列車だ。
 六席あり、さつき以外の乗客は四人。 カラスの車掌が発車にうながされてお互いに自己紹介する。
 さつきも将来は歌手になりたいと自己紹介をした。
「ふーん、歌手にねえ!」
 他の乗客たちはさつきの夢をばかにしてきた。
 バクの言葉を思い出す。「絶対に腹を立ててはいけない」。
 誰かが怒らなければ列車は動かない。乗車規則もすべてそのためのもの。誰もが他人を怒らせて他人のエネルギーで旅行しようと考えているのだ。
 逆にさつきは他の客が怒るように仕向ける。列車はうごき出し、ぐんぐん加速する。
 やがて怒りが落ち着いてきてスピードが落ちてくると、車内べんとうが配られた。ものすごくまずいが、乗車規則で残してはいけないことになっている。もちろん怒らせるためだ。
 けれどあんまり怒らせすぎてケンカに発展してしまうと、今度は列車が自動的に爆発するから加減が難しい。
 列車は一番危険な「火山街道」にさしかかる。
 百キロにわたる火山帯で、噴火中の火山だけ二十八もあり、さらに上り勾配がきつくて、どれだけ激しく怒ってもずるずると落ちてきてしまうという危険地帯。さつきたちの乗る列車もまさしくそうなった。乗車規則によって超過料金をとられるが、みんな怒るのに疲れてしまって、もうちょっとも動かない。
まだ怒ってないのはさつきだけなので、みんなさつきに怒ってくれと頭を下げるが、さつきはそんな彼らさえとことんコケにして、尊厳を踏みにじることで大きな怒りを発生させることに成功し、列車は無事に白いなぎさへと到着するのだった。
さっきまで怒っていた他の乗客もさつきに感謝して、怒った疲れをいやすために駅前の宿に入っていった。
さつきは一刻も早く白いなぎさに行きたかった。

 

●よくよく考えると、海ザクラ、シャトータウンと盛り上がってきたところにこの「いかり特急」が挟み込まれるのも変といえば変。

 

14 白いなぎさ
 白いなぎさで影たちが生き返る瞬間を目の当たりにする。
 気づいたら自分の足元に自分の影があった。もし他の乗客と同じく宿に泊ってたら、間に合わなかっただろう。
見覚えのあるカッパの姿もある。彼は魚たちの神様として早く帰らねば、と言っていた。彼が神社に帰ったら、影を失った元々のカッパはどうなってしまうのだろう。
 百点マシンが駆け寄ってきたが、それはシャトータウンにいた本人ではなく、いまここで生き返った百点マシンの影だった。
百点マシンはさつきの持つこうもりがさについて尋ねる。無理に取ろうとするので上に掲げると、傘はひとりでに開き、さつきと百点マシンをぶら下げたまま舞い上がった。
こうもりがさは行きたい日付を入れろと言う。ダイヤルを回してクレヨン王国に迷い込んだ節分の日を入力する。


15 病室もたのし
 ふたりが発見されて十日目、さつきはようやく目を覚ました。
一緒に発見された百点マシンのほうは、五日目にぱっと目を覚まして、すぐに退院したが、さつきはなかなか目を開かなかった。。
さつきが目を覚ましたとき、ちょうど海外から帰ってきたパパが病院に来ていた。
クレヨン王国の電話ボックスからかけた電話の相手は、英語だったのでさつきはワーナー博士だと思ったが、じつは王さまだった。テープに録音したさつきの歌を何度も聞いているうちに王さまの心はかわり、砂浜を残すことに決めたのだそうだ。だからパパのお仕事も終わり。
 こんなことになっているなんて知らなかった、とパパ。
「こんなことがおこらなければ、そんなこともなかったのよ。」とさつき。
 その言葉の意味は誰にもわからなかった。


あとがき

さて、その後、さっちゃんはどうなったでしょうか。

●えっ、終わりじゃないんですか?
あとがきではまず「コミック売場には子どもたちが大勢いるけど、児童文学売場は空いている。なんとか面白い本があると呼べないものか」という話があります。
 からの、「さて、その後、さっちゃんはどうなったでしょうか。」
そういうのは本文中に入れましょうや!!

(略)百点マシンは、かげから生れかわったのですから、かげができない雨の日の記憶はないのです。ほんとうの百点マシンは、バクのシャトータウンで、自分の作った墓地の中にひっそりとねむっているでしょう。

 さっちゃんは、はじめそれをとてもあわれに思いましたがしだいにそのほうがよかったのだと思うようになりました。百点マシンが、以前ほど勉強ができなくなったかわりに、人のよいおおらかな性質がでてきて、みんなに愛されるようになってきたからです。

 ●もうやめて!