積読ですよ!真塚さん

なにもわからない。

週刊クレヨン王国その6『クレヨン王国七つの森』

講談社青い鳥文庫20-5

クレヨン王国七つの森』

著:福永令三、絵:三木由記子

 

 

「にくむしかないのだ。たたかうしかないのだ。おまえも、わたしも。」

 

 

【概要】

1985年 青い鳥文庫書き下ろし

 

【もくじ】

①宿題はこれだ

②ばんざい 自然観察クラブ

③森にランプの夜がきて

④きもだめしのプログラム

⑤ツバキ森のネコ犬

クヌギ森のムカシオオカミ

アジサイ森のくものす通り

⑧ヤナギ森のキザル

⑨ホオノキ森のきり女

⑩カエデ森の金魚グマ

⑪サボテン森のムササビ

⑫空からさようなら

(※章番号は当記事が便宜上つけたもの)

 

どーも。

子供の頃読んだ児童向けファンタジー小説に大人になったいま野暮な感想を述べていく

「週刊クレヨン王国」です。

ぼく自身の再読と備忘録を兼ねた感想&内容まとめでもあるのでネタバレ前提です。

これから読んで楽しみたいという方にはおすすめしません。



さて、さっそく今回の『七つの森』です。

作中でクレヨン王国の登場はほとんどなく、シリーズ中での存在感は小さめですが、たいへん味わい深い一品となっております。

 

【おはなし】

 夏休み、自然観察クラブの6年生たちは一週間のキャンプに行く。

 山荘のそばの森でオリエンテーションをすることになるが、一人ずつ森に入るたび、森のふしぎな住人、ふしぎな出来事に遭遇する。その出来事を通して、彼らはそれぞれ苦手なものを受け入れ、克服していく。

 そのなかで、姉を憎んでいる「きり女ボーゼ」に襲われる。彼らが出会うふしぎな出来事同士はふしぎな巡りあわせでつながり合って、「きり女ボーゼ」を憎しみの呪縛から解き放つことになる。

 

というお話。

 簡単にいえば、『十二か月』のシルバー王妃の悪い癖直しの旅を、「苦手の克服」として7人の子どもたちに分け、12か月の旅を7つの森での1週間に圧縮した形となっています。

「苦手の克服」にはきっかけの提示はあるものの、子どもたちの思惑とは関係なく巻き込まれる「不思議な出来事」の中で向き合うことで、時限や目的によって強いられることなく自然と克服・受容できるようになっており、さらに7つの「ふしぎな森の住人」のエピソードが相互につながることで一つの物語を描き出します。

 小説としてたいへんテクニカルでスマートな仕立てとなっております。

 

 まあそんなスマートさは、アンバランスなほど肥大した「きり女ボーゼ」のエピソードの前に吹き飛んでしまいますけどね。

 

 当ブログ「週刊クレヨン王国」は、作品のテーマとか素敵さとかあたたかさよりも、表層的なモチーフをおもしろがっていく浅薄な方針なので、子どもたちが苦手を克服することについては特に取り上げません。ふつうに教訓的なエエ話なので(いやどうかな) 

 注目すべきは、なんといっても「きり女ボーゼ」です。

「七つの森」のことは覚えなくてもいいので、ぜひ「きり女ボーゼ」のことだけでも覚えていってください。

 

 本作でボーゼがどれくらい重要かと言うと、構成の上でも

 ①~④ 導入編

 ⑤⑥  本編 チュートリアル

 ⑦   本編 ボーゼ登場編

 ⑧   本編 ボーゼ接近編

 ⑨   本編 ボーゼ対決編

 ⑩   本編 ボーゼ解決編

 ⑪   本編 ほぼエピローグ

 ⑫   エピローグ

 と大きな存在感を示しています。

 

 ⑤~⑪の7章分はオリエンテーションで「森のふしぎな住人、ふしぎな出来事に遭遇する」シークエンスで、タイトルの『七つの森』の示すところですが、ボーゼはこの7つのエピソードの1つであるにもかかわらず、他のエピソードとは違い、全体の1/3にわたって登場するほどの存在感です。

 

  ストーリー上のボーゼだけ抜き出すと

 ⑦章、ボーゼ登場回では自然観察クラブの1人が遭遇し、森の生き物たちの噂話で恐ろしいバックボーンを知らされる。ボーゼは「わたしの銀のフルートを盗んだやつは生かしておけない」というセリフを残して去っていく。 

 ⑧章ではクラブの別の子が、その銀のフルートを偶然手に入れてしまう。フルートを山荘に持ち帰ったことで、各自が体験した不思議な体験が共有される。

 ⑨章、ついにメイン回。フルートを探しに現れたボーゼに襲われ、彼女の恨みと怒りがの明かされます。

 ⑩章ではボーゼと決着がつきますが、ボーゼに降りかかった悲劇の原因と銀のフルートの関係、さらに⑤⑥の登場人物とのつながりも示され、軽めのミステリー小説の解決編のようでもあります。

 『七つの森』全体ではまだ残り2章分ありますが、ボーゼ編終了後はもうエピローグみたいなものです。

 この作品でボーゼ以上に重要な存在などありません。

 

 

 さて、では「きり女ボーゼ」とは一体どんな存在なのでしょうか。

 

「きり女ボーゼ」とは、"森に住む魔物”です。

 ボーゼは口からミルクのように白い霧を吐く、長い銀髪の、顔にやけどを負った美女であり、美しくしあわせな姉サーヤを憎んでおり、姉を憎まないと吹けない銀のフルートを持っていて。たまたまこのフルートを吹けた小6女子に同じ姉を憎む者として自分を重ね合わせ、相手が本気で姉を憎んでないと知ると逆上し、自分の弟子にしてもっと姉を憎ませなきゃ、と迫ってくるヤバい女性です。

「あのフルートは、血をわけたほんとうの姉をにくんでいる人でないと、音が出ないのよ。あんたは、たしかに、鳴らした。だから、あたしは、あんたにすごく興味があるのよ。」

「おまえは、もっと心の底から姉をにくんでにくんで、にくみきらなくっちゃいけない。」

「にくむしかないのだ。たたかうしかないのだ。おまえも、わたしも。」

「わたしは、姉を心からにくみます。と、いま、この場でそう宣言なさい。」

「そうだ。この子は、わたしの弟子にして、もっと銀のフルートをふかせなくっちゃ。そうだ、フルートだ。フルートはどこだ。」

 ボーゼという名は、ドイツ語のBose(邪悪な、怒っている)からではないかなぁと思われますが、魚のイボダイを「ぼうぜ」と呼ぶ地域もあるらしく、真相は不明。ただ彼女の憎む相手に「ジンナラ魚」がいるので、何かしらの由縁はあるのかもしれません。どうでもいいですが紀宮清子内親王は執筆当時16歳前後だったと思われます。だからなんだという話ですが。

 

 しかしなぜボーゼはこんなに姉を憎んでいるのか。 

 ボーゼ本人が語るところでは

「物語はかんたんよ。雲の子どものサーヤとボーゼは、森の中で幸せにくらしていた。ある日、二人はまねかれてジンナラ魚のやしきへいった。そこで、妹は、相手の不注意によって、ひどいやけどをおった。ジンナラ魚は責任をかんじて、妹を自分のおよめさんにしようと思った。妹は、それをことわった。そこで、ジンナラ魚は、姉のほうとけっこんして、二人はとてもとても幸せになった。」

 明言されていませんが、「相手の不注意」とは熱湯が噴き出して直撃した事故を指しています。ジンナラ魚は湯の神のつかいなので、彼の不注意というわけです。

 自分はやけどを負って醜くなったのに、姉は幸せになっているのが許せない、ということのように思えます。本編にはジンナラ魚もサーヤも出てこないので、この物語がどの程度真実なのかはわかりませんが。

 

 この逸話において、サーヤを憎むべき理由は見当たりません。幸せ度合いの落差から発する、正当な理由なき恨み、なのかもしれませんが、興味深いことに作中ではボーゼはジンナラ魚への復讐は述べていても、サーヤに対しての言及はほぼありません。ジンナラ魚を「生き造り」にして食べてやるとは言っていても、サーヤをなぜ憎むのか、どう戦うのか、どのような復讐をしてやりたいのか、まったく触れていないのです。

 けれどボーゼはまるで必死に自分に言い聞かせるかのように、自らを「姉を憎む者」と位置づけています。

 

じつはもう一層深いところに、もう一つの物語がありました。

それが「姉を憎むものでないと吹けない銀のフルート」にまつわる、ふたごの魔女の物語です。

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 夜空の星座、大グマ座のとなり、ヤマネコ座にはふたごの魔女が住んでおり、姉はギルド、妹はハルトといった。ふたりは"できそこない"で、ギルドには右目と右耳しかなく、ハルトには左目と左耳しかなかった。鼻はハルトが、口はギルドが持っていた。

 銀のフルートは魔女の家に代々つたわるもので、姉のギルドはフルートで魔法をつかっていたずらをして遊び、夜は鼻が利くハルトにあずけていた。

 ところでヤマネコ座には、犬になりたがっているヤマネコがいて、このフルートを狙っていた。フルートの魔法で犬になろうと考えたのだ。

 ヤマネコはある日ついにフルートを盗んで逃げ出した。

 ギルドはブチギレ。「お前の目玉はなんのためについているんだ!」とハルトの左目をくりぬき、呪いの秘薬をまぶして「フルートに潜り込んで音が出ないようにしろ」と命じて地上に投げつけた。

 ハルトの目玉はフルートを盗んだヤマネコを見つけると、フルートに潜り込んで(音がでないようにして)魔法を封じた。けれどハルトは横暴な姉を呪っていたので、姉を憎む者にだけは吹けるようになっていて、その音色でさらに憎しみを煽るのだった。

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 というわけで、ボーゼの熱湯直撃事故もハルトの呪い、、サーヤへの憎しみも呪いによって増幅されたものだったのだ―――!

 ………ええっ

 あんなにカッコいいセリフ吐いて姉への憎しみを語っていたのに、じつは不本意にも増幅されたものだったというのか!プリキュアオールスターズNewStageかよ。

 ちなみにフルートを盗んだヤマネコはどうなったかというと、フルートの魔法で憧れの犬に変身している途中だったのが、首から上を残したところで魔法が止まってしまい、体が犬、頭がネコの「ネコ犬(ネコけん)」になってしまった。このヤマネコの産んだ子もまたネコ犬になった。表紙にいる黒い奴がこの母ネコ犬です。

 

 で、このネコ犬ですが。

 銀のフルートがどうやってボーゼの手に渡ったかなのですが、この母ネコ犬が森の歯医者にフルートをお礼として渡し、この歯医者が古道具屋に売り払い、古道具屋が「銀髪に似合いますよ!」と高額転売した、という経緯となっています。

 

 うーん、この森、ろくな奴がいないのでは? まずその盗んだけど吹けなくなったフルートをお礼として渡すな? それでこの経緯をさらっと7行程度で流すな? ふたごの魔女の話も「実は……」程度で流していい話なのか。

 

 ともあれ、以上が「きり女ボーゼ」の物語です。

 姉のこと苦手だなぁと思っていたけど、姉ガチ憎みの大人に同調を迫られてドン引き、やっぱ自分は姉のこと好きだったわ、と受け入れるというお話でした。

 

 あ、ちなみに決着がどうつくかというと、大グマ座のえらいクマさんがフルートに詰まったハルトの目を息を吹き込んでふっとばし、ボーゼも呪いが解けてめでたし、といった感じです。

 ……いやいや。

 なんじゃそのあっけなさは。

 

 ともあれ、ほかの「苦手克服」は犬が苦手とか、歯医者が嫌とか、漢字ドリルが苦手とか、ちらかし癖とか、父親との釣りとか、つい見栄を張ってついてしまった嘘とかで、それぞれ各話内で済んでいるのに、なんでこのエピソードだけこんなに肥大化してしまったのか。それもふたご魔女との二重三重の重ねあわせにまでして。

 まあ「犬が苦手」と「父親との釣り」についても、父親と息子の関係としてちょっと看過できないところもありますが、今回はそこには触れないでおくとして。

 

 

 いやあそれにしても

 左頬にやけどを負っている美女に、互いを補い合う"できそこない"のふたごの魔女(現代でこんな言い方したら大問題だな)。さらにふたごの魔女の妹は姉に目をえぐられる。 ネコ犬についても、体と頭がそぐわない、いわば"不具"の存在なわけで……。

 好きなんですね……。

 

 

 

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以下、備忘録のための各章詳細です

 

①宿題はこれだ

ときは1学期最後の日。ところは今里小学校

「夏休みの宿題」を一切なしにするかわりに、明子先生は別の課題を出す。

その課題とは、一週間の七つの曜日のうち嫌いなひとつを選び、それを好きになること。

(なお明子先生の出番はこれで終わりです。もう出てきません)

 

②ばんざい 自然観察クラブ

自然観察クラブの6年生7人は地元新聞社の「緑を守ろう運動」に投稿した自然観察論文が優秀賞として入賞。

賞金10万円はキャンプ用品を買うのに当てると顧問の杉山先生が決めたが、

入賞のご褒美をかねて、先生の知り合いの山荘がある天城の森で、

夏休み10日間のキャンプをすることに。

 

なお、七人の研究をまとめた論文「七本の樹の研究」

内容は以下の通り。

・北崎久子(部長)「ホオノキ四季の明るさ」

・川西千加「ドングリのできるまで」

・大川ゆりえ「カワヤナギと水温・気温」

・初間まりよ「サボテン月下美人の開花」

・青木晶太郎「オオモミジの紅葉から落葉まで」

・佐治雄三郎「ツバキの葉の寿命」

・木内正広「アジサイにくる昆虫」

(※そんなに重要ではないので覚える必要はありません)

 

ちなみに顧問の杉山先生は昨年隣町から転勤してきたひとで、クレヨン画で有名。

(昔は○○の研究で有名とか、アマチュア○○界隈では有名とか、そういう先生多かった気がしますが、今はあんまり聞かないですね。時勢的に難しそうとも思いますが)

 

③森にランプの夜がきて

キャンプ初日。

みんなで山荘目指して森を歩くなか、杉山先生は

「いや、まったく、クレヨン王国だ。」

と感嘆する。

 

クレヨン王国というのは、すばらしいけしきや、美しい色を見つけたときの感嘆詞なのです。それから、図工の時間でも、子どもの絵をほめるときなど

「ここんとこは、クレヨン王国になっとる。」

などといいます。

 

これは杉山先生がクレヨン王国の存在を知ってるということではなく、先生オリジナルの褒め言葉として「クレヨン王国」という言葉を作った、ということです。

クレヨン王国がこういう形で用いられるのは初めてですが、もしかしたら福永先生は本当にそう使ってたのかも、とも思えます。(当ブログはクレヨン王国シリーズが好きなだけで福永先生のことはほとんど詳しくありません)

 

山荘に着くと、お風呂だけは先に来ていた他の先生が沸かしておいてくれましたが、水を汲んだり、ご飯をつくったりは自分たちで挑戦します。お風呂に入ってご飯を食べたら、テレビもないのでいつもより早い就寝。

 

山歩きや夜のおしゃべりで、七人の子ども達の特徴や人間関係も描かれます。

まあ、こいつらいうほど際立ったキャラクターがあるわけでもないのでサクサク飛ばします。

 

……と言いたいですが、正広だけちょっと。

 

図鑑野郎といわれる正広には、おかしなくせがあって、それがなにかわかっていても、わざともう一つべつの名をあげてみせるのです。

 

たとえば、山歩き中に彼らの前を虫が通りすぎたのを見て

「ハンミョウかな、コニワハンミョウかな」

と追いかけ、結局捕まえられませんでしたが、正広は昆虫図鑑を取り出して調べます。

 クラブの女子はそれを横からのぞき込んで

「どうでもいいけど、この人はじめ、ハンミョウか、コニワハンミョウっていわなかった? ハンミョウとコニワハンミョウじゃ、まるきりちがってるじゃない? ぜんぜんにたとこがないじゃない? 図鑑野郎だねえ、やっぱし。おい、知ったかぶりをするな。」

と、他の女子も来て

「こざかしいよ。コニワハンミョウかな、ハンミョウかな、なんて。かっこうつけたって、だめなんだよ。まるっきりわかってない。」

図鑑野郎こと正広が女子たちにボロカスに言われるシーンです。

そのせいでバカにされるのに、わざと別の名前を上げるのがやめられない難儀な奴です。これがストーリーに絡むかというと、特に関係はないので、なんで設定されたのかわからん習癖ですが、まあクレヨン王国はエピソード単位でそういうことがよく起こるので。

 

④きもだめしのプログラム

翌朝、杉山先生は、子ども達からきもだめしを熱望されて困っていました。

 

まえにいた学校で、きもだめしのときに気絶した女生徒があったのです。それからまもなくその生徒がてんかんの発作をおこしたとき、父親はおこって、きもだめしが原因だ、と学校側をうったえました。

 

 これぞクレヨン王国おなじみの謎ディテール。

 危険だからダメ、で充分なように思いますが、なぜこんなエピソードを…

 ともかく夜のきもだめしはまずい、ということで昼間にオリエンテーションをすることに。

 

先生はみんなが起きないうちに輪投げの輪と、みんなにプレゼントしようと思っていた七宝焼きのバッジをそこに置いた。

昼間みんなが仕事をしている間、一人ずつ森に入り、この輪投げの輪をとってくる。

置き場所は、先生の謎かけ歌を解けばわかる、という仕掛け。

 

謎かけ歌は以下の通り

 

  きもだめしオリエンテーリング

 白きライオンのたてがみの下に

 七色の首輪あり

 めいめい 自分の首輪をもちきたれ

 他人の首輪とまちがえれば失格

 かならず 一人で行動せよ

 ちかって ひみつをもらすな

 

(※これも話の筋にはそれほど絡まないので覚える必要はありません)

 

⑤ツバキ森のネコ犬

 準備が終わって、ここからようやく本題。

 まずは雄三郎。

 森の中で、体はイヌだが頭はネコというふしぎな生き物、ネコ犬(ネコけん)と出会います。

 ネコ犬の仕事は郵便配達ですが、犬が怖くて近づきがたい家がある。

 それを聞いて、雄三郎は自分を重ねます。

 

 雄三郎は友達を「~くん」「~ちゃん」と呼ぶのに友達からは呼び捨てにされている。それを知った父親は、うちの子は周りからナメられてるんじゃないかと思い(迷惑)、学校にも連絡した。これを受けて明子先生は「親しき仲にも礼儀あり。男の子は君づけ、女の子はちゃんづけで呼び合いましょう」と学級便りに書いた。

 それでも雄三郎は呼び捨てにされている。昔犬に噛まれて以来怖がって近所の犬を避けて帰ってきているからナメられてるのでは?と考えた父(やばい)は、月曜ごとに雄三郎に「犬ならし」(近所の犬の近くに行かせる)をさせている。

 ネコ犬のそのことを話すと、ネコ犬は「いいお父さんだなあ。」とうなった。

「きみは、お父さんをよろこばすことができるから、いいなあ。」

ネコ犬はお父さんもお母さんももういない。

今日は月曜日。雄三郎はネコ犬の仕事を一つ手伝い、自分も勇気を持てたように思えました。

仕事が片付いたのでネコ犬に道案内してもらい、無事に輪投げの輪を見つけて雄三郎は山荘に帰った。七宝焼きのバッジは見当たらなかった。



あー、そういう趣向なんですね。

このあと残る六人もそれぞれ明子先生の課題をクリアしていくというわけですね。

なるほど了解です。

「犬ならし」は現代でやったら軽く虐待じゃないかという気もしないでもないですが。

 

バッジがなくなってるのも気になりますが、

細かいことは置いといて、さくさく次にいきましょう。

 

クヌギ森のムカシオオカミ

 火曜日は千加の番。

 本当だったら歯医者さんの日。

 

 さて森に入った千加は、ドングリ達が遊んでいるところに出くわす。

 彼らの名前は「ドングラボッチ」「ドンガラホッチ」「ドンカラ、ポッチ」「ドングラ、ハッチ」「ドングル、ポッチ」「ドンガラ、バッチ」他(覚える必要なし)

 遊びの名前は「歯医者さんごっこ」。

 基本的にはふつうの鬼ごっこと同じだが、タッチされた人は鬼の歯痛をもらわねばならない。つまりどんどん歯痛が集まってくることになる。千加は自分の歯痛を彼らに押しつけてしまえると考えて参加するが、タッチする際に相手の名前を呼ばねばならないというルールの前に敗れ去る。ドングリの見分けなどつかない。

 負けた千加は、奥歯が痛み出す。ドングリ達はムカシオオカミの歯医者に行こうと提案。千加は歯医者を嫌がるが、ムカシオオカミは優しいからと連れていかれる。日本に唯一のオオカミで、昔は気が荒かったが、今ではそうではない証拠として自分の歯を全部抜いてしまっているのだそうだ。

 到着すると、ドングラ何とかがムカシオオカミに事情を説明した。

 

「歯医者さんごっこをやってたら、ほんとうにいたくなっちまったんですよ。」

「現実と空想の区別がつかないみたいな女の子なんです。」

 

  は~~~?

  なんだこの扱い、屈辱では?

  あれは単なる設定だったの?

  ファンタジー的に本当に痛みが移ってるとかではなく?

 

  ともあれさっそく診てもらうことに。

 千加とムカシオオカミ先生は、どんな風に痛むかの問診で擬音バトルを繰り広げる。ムカシオオカミは、千加がさまざまな痛みを知っていることに感心し、自分は痛くない治療法を自分の歯で研究したから知っているのだ、と教えてくれた。総入れ歯なのは本当らしい。

 千加は歯医者が好きじゃない。痛かったら言ってね、なんて言うけど、たとえ痛いと訴えても、もう少しだから我慢と、どんどん続ける。

 

「つまり、信用できないっていうわけだ」

と、ムカシオオカミがいいました。

「そういうわけじゃないけど。でも、いたいっていうたびにやめたのでは、なんにも進まないでしょう?」

「そのとおり。いや、そこまでわかっていれば、いうことはない。」

 

 ムカシオオカミは、帰ったらちゃんと歯医者に通うんだよといって、痛み止めだけ塗ってくれた。

 千加はムカシオオカミに、本当に日本で一匹だけのオオカミなのかと尋ねてみた。

 ムカシオオカミは、両親をなくしたばかりの頃、蔵のなかで古い父の日記帳を見つけ、そこに「ひろったあかんぼうは、オオカミの子だった」という衝撃的な文章を見つけたことを話した。

 けれど、千加はもう痛み止めの作用で寝てしまっていた。

 ムカシオオカミは眠る千加を持ち上げ、帰れるところまで運んでくれた。

 

 もう輪が残っていないと報告すると、輪がないのでは、と杉山先生はオリエンテーション中止を決定した。

 

 

アジサイ森のくものす通り

 水曜日。

 正広は誰も起きない早朝から森へ向かった。

 

――千加に三びきもとれるなら、おれさまがいけば、十ぴきぐらいはかるい。――

 

 おまえ俺様キャラだったんか。いやいいけど。

 さてそんなわけで、先生からだまって一人で森に入ってはいけないと言われてるのに、みんなが起きる前に戻ればいいだろう、と考えた。

歩いているうち、クモの巣に顔から突っ込んだ。

「ついてないと思ったら、きょうは水曜日じゃないか。」

 

水曜日は、漢字ドリルの宿題がある日です。正広は、漢字はよくできるのですが、字がらんざつで、ていねいに書くということができないのです。それで、いつでもCをもらいます。

 

 漢字ドリルの表紙がクモの巣の写真だったので思い出した。

 巣を払いながら歩いていると、クモたちの巣を張る労働の歌、果てしない我慢と忍耐の歌が聞こえてきた。

 正広はクモに悪いことをしたと思ったが、クモは悲しげな様子もなく、生き生きと働いている。その歌を聴き覚えて、自分でも歌っているうちに、漢字ドリルくらいどうってことないという気がしてきた。

 

 苦手克服の話がだいぶパワーダウンしたな、漢字ドリル。

 苦手は苦手なんだろうけども。

 

 と、いつのまにかクモたちの歌が止み、大きな白い霧の固まりが現れた。

 霧の固まりの中に何かいる。

 

 まるいきりのかたまりが、林のあいだにあらわれました。それは、これらに向かって近づいてきます。

 まるで、白い巨大なタコが、足をうねらせながら進んでくるようです。たしかに、天然の雲やきりではありません。ぶきみなばけものです。

 その白いきりは、かなり近づいてから、ふと、人間の形をつくりました。そして、こしのあたりから赤や緑の宝石のようなかがやきが、十字に走ったり、星形にきらめいたりするのが見えました。

「あたしの、銀のフルートをぬすんだやつは、生かしては、おけない。」

 その生きものは、息をするたびに、はげしくミルク色のきりをふきだしていました。っそして、きりがうすれるその一しゅん、すらりとほそい足の線や、しなやかな両うでや、長いかみなどが、ほんのりとすけて見えるのでした。

遠ざかっていくその背後から、ひとしきり朝風がふきつけたので、正広は、長い銀色のかみをなびかせた女の後ろすがたをはっきりと見ることができました。それは、まるで舞踏会にでかけるシンデレラのように美しく見えました。

 

 かなり美人のようですが、森も生き物の噂話によるとこうです。

 ボーゼは銀のフルートがなくなったので探している。恐らく盗んだのはキザルの奴だが、ボーゼは「ジンナラ魚」の指図だと思っている。

 ジンナラ魚は湯の神のつかいだが、ボーゼはサボテン森で突然噴き出した温泉の熱湯が直撃して左頬にやけどを負っており、それをジンナラ魚のせいだと思っている。しかもジンナラ魚はボーゼの姉のサーヤと結婚しており、これによってボーゼは姉のことも憎んでいる。ボーゼは復讐のためならなんでもする、ジンナラ魚を生き造り(ママ)にしてやると言っているが、湯の神のつかいにそんなことをすれば地球上の火山という火山が爆発してしまう、と心配している。

 

 森の生き物たちのフルートを盗んだのがキザルという推測は当たっていて、「どろぼうワーガス」と呼ばれるキザル=ワーガスの家で見つかることになる。こいつは次の⑧章で出てきます。

 ちなみにこのワーガス氏、クレヨン王国のヘビー読者には聞き覚えのある名前かと思います。『月のたまご PART3』で登場する、ダマーニナに王室所有の古城を転売詐欺する、あのワーガスですね。(なんで王室の古城を転売詐欺する奴が出てくるんだこの作品)

 月のたまご』をご存じない方に説明すると、それまで単巻完結だったクレヨン王国シリーズの登場人物たちをまとめて、いわば"クレヨン王国ユニバース"を展開させたものです。『月のたまご』以後は、クレヨン王国を舞台とする作品ではこの"ユニバース"を下地にすることが多くなります。

 

 さてさて。 

 正広は山荘に帰ってから先生に怒鳴られたが、誰にもこのことを話さなかった。

 誰も本気で信じてくれないだろうと思ったから。

 

 さあ話が動いてまいりました。

それにしても、「パトロール隊長」にひきつづき福永先生は顔にやけどを負った美女が大好き!!

 

⑧ヤナギ森のキザル

 木曜日。この章のメインはゆりえ。

 ゆりえが木曜日嫌いなのは、部屋の片付けをする日だから。整理整頓が苦手なので、お母さんに片付けの日と決められている。

 

 みんなで川探しの探検にきたが収穫なしで休憩になる。川遊びを諦められないゆりえは勝手に森の奥へと進んでいく。

 見事に迷いますが、さらに進んでいくと、大きな川に出ました。

 と、岸でウナギ取りの竹籠が沈めてあるのに気づきます。竹籠を引き上げてみると、たくさんウナギが入っています。

 

よわいウナギはしょぼくれて

声なくしずんでねてござる

チューチューなくのは平凡で

つよいウナギは

いかって シュ シュ シュ

 

歌っているのは川辺のヤナギのようです。

「木が歌うなんて、こりゃ、ほんとうのクレヨン王国だぞ」

ゆりえはどんどん冒険することにします。

少し進むと、流れの真ん中にいかだが浮いていて、上には黒い電話機がぽつんと置かれています。

 

きれいずきの人は、この受話器をとる資格があります。きたなずきの人は、とってはいけません。

 

 コードも何もないのに通じるはずがない(携帯電話なんてほとんど普及してない時代ですからね)

 何かのおまじないだろうと深く気にせず受話器をとると、いかだが動き出した。しばらく川を下って、岩にぶつかって止まったところにいたのは、黄色い毛のサルだった。

 ゆりえはいかだを使った代わりにキザルのイーガス社長の仕事を手伝う羽目に。

イーガスの仕事はなんでも屋だった。

 まずはウナギ屋のウナギの選別の手伝い。さきほど聞いたやなぎの歌にしたがったらあっという間に終わり、お礼のうな重をごちそうになった。

 この分なら次も早く済みそうだ。

 

 次の仕事はキザル=ワーガス邸の片付けだ。

 ヤナギの森の奥深くにある古ぼけた洋館は、さまざまなモノが整理もされず所狭しと並んでいた。ゆりえが身体を斜めにしてやっと通れるくらいだ。自分の勉強部屋に似ている。

 ワーガスは人を小ばかにしたような顔を斜めにかしげて横目で見るサルだった。片付けの希望を聞いても「おまえらは、なんのためによばれてるんだ?」「うるさいっ。希望は、玄関は玄関らしく、居間は居間らしく、廊下は廊下らしく、だ!」とめちゃくしゃだ。

――わたしのへやよりも、いちだんと迫力あるね。――

――まあ、他人のことはいえないけれども、よくもこんなにちらかせるものだ。――

一時間経っても情況は変わらず、イーガス社長とゆりえは、ワーガスがシャワーを浴びている間にこっそりと館を抜け出した。

 

 館から離れるとイーガス社長は「思うに、やつはどろぼうだよ。」といった。自分のものじゃないからめちゃくちゃに放り出して、粗末にしているのだと。

 自分は泥棒のように暮らしていたのか、とショックを受ける。

 

 仕事も終わったので、イーガス社長がゆりえを送ってくれることに。

 林の中をすすんでいると、銀色の目のようなものが光った。フルートだった。ただ穴は開いているがキーはない。吹いてみても何かが詰まっているようで音は出ない。

 イーガス社長は、それもワーガスの仕業だろうと言う。もらってもいいかな、と訊ねるゆりえに、イーガスはしばらく黙ってから「そうだね、おみやげにもって帰るのがいいかもしれない。」と答えた。

 

 山荘に戻ると、ゆりえが帰ってきて大歓声が上がった。

 さらに、ゆりえのキザルの話とフルートをきっかけに正広は「きり女」の体験を打ち明ける。雄三郎は「ネコ犬」の話をはじめる。千加もムカシオオカミの話をした。

 何も体験していない久子は信じられないが、銀のフルートはたしかにクレヨン王国の存在を物語っている。

 

 しかしフルートが本物なら大変なことだ。ボーゼは「銀のフルートを盗んだやつは生かしておけない」といっていた。自分たちは拾っただけだと言って信じてもらえるとは思えない。

みんなフルートから離れて「先生、これ、なんとかしてえ」と叫んだ。

「よし、よし、あずかっておこう」と言うと、杉山先生はフルートを持って外へ出ると「きり女が見つけやすいように外に置いてきた。」もう遅いから寝ろ、と話を打ち切った。

 

⑨ホオノキ森のきり女

金曜日。

一晩たっても子どもたちの興奮はさめない。

久子は「先生、銀のフルートを見にいっていいですか。」と提案。

みんなで門の外に出てみると、まだフルートはそこにあった。ちょっとがっかり。

杉山先生がフルートを吹いてみたが、やはり鳴らない。子どもたちも代わる代わる吹いてみるが、まったく鳴らない。久子が吹いてようやくホワーンと鳴った。

久子のお母さんはピアノの先生をしていて、中学2年の姉はリサイタルを開いたこともある天才。久子も今里小学校では一番ピアノが上手ということになっているが、久子たち姉妹に金曜ごとに教えにくるピアノの先生に言わせると、月とスッポン、久子は「才能がない、やる気がない、したがって見込みもない」らしい。

 

もっと森の奥に置かないと見つからないのでは、という正広の言葉にしたがい、みんなで森に入っていく。みんなもう怖がらなくなっていた。

正広が「きり女」を見かけたアジサイ森の方へ進みながら、久子はホワーンとフルートを鳴らして歩く。

 

急に大量のカニが歌とともにあらわれ、たちまち津波とおもえるほどの大きな霧に飲み込まれた。

 

 紅の大地に きりふきあがれ

青空のまなこよ とじよ

キリガニの歌とどろけば

木々はま白きかたびらをまとい

つめたくおまえをさしまねく

いらっしゃい おまえの墓地へ

いらっしゃい おまえの墓地へ

 

カッコ良すぎる。

 

みんなあわてて後ろの方へ逃げる。久子はフルートを捨てようとするが、指が凍ったように動かない。それを、ぐいっと誰かが引き抜いた。姿は見えないが、晶太郎だ、と久子には感じられた。

 

方向も何もわからぬままめちゃくちゃに走っていると、

「にげないで、にげないで」

という声が久子の耳元で聞こえた。

霧がしだいに薄くなり、大きなホオノキが見えたところで、逃げ切ったんだと思った。けれど、すぐぞばに「まもの」みたいな何かがいるのを感じた。

「わたしは、フルート、もってないよう。」

「あんたは、たしかにフルートを鳴らした。」

きり女ボーゼはm白い絹のドレスを長くひき、腰まで垂れた輝く銀の髪、腰のベルトには色とりどりの宝石が光っている。背丈は久子より少し高いくらい。

ボーゼはフルートを出せと命令するが、久子は絶対に晶太郎の名を口にしないと決めた。

途中で捨てたと言い張る久子を、ボーゼはどうせあとで見つけるとあざわらった。

 

「でも、あんたもねえさんがきらいなの?」

急にボーゼの口調が変わった。

「あのフルートは、血をわけた本当の姉をにくんでる人でないと、音がでないのよ。」

 

お互いに姉の悪口を言いあって気晴らしをしよう、とボーゼは久子をお茶に誘った。

 

ボーゼがかたる物語はこうだ。

森の中で幸せに暮らしていた雲の子どもサーヤとボーゼは、ある日ジンナラ魚の屋敷に招かれた。妹は相手の不注意でひどい火傷を負い、責任を感じたジンナラ魚は妹を嫁にもらうと決めたが、妹は拒否。そこで代わりに姉のほうと結婚して、ジンナラ魚と姉はとてもとても幸せになった。

「今度はあんたが話す番よ」とボーゼは促す。

久子は姉が自分より優れているところを並べあげ、それを聞いたボーゼは「本当にいやらしいわね」「かきむしってやりたい」と同情する。ところが「いま姉にしてやりたいことは?」という問に「互いにゆるしあって仲良くする」と答えた途端、かんかんに怒り出した。

 

「おまえは、もっと心の底から姉をにくんでにくんで、にくみきらなくっちゃいけない。」

「にくむしかないのだ。たたかうしかないのだ。おまえも、わたしも。」

「わたしは、姉を心からにくみます。と、いま、この場でそう宣言なさい。」

 

久子は、ボーゼの言うとおりにしたら自分もこんな恐ろしい魔物になってしまうのだと思った。

 

「わたしは、姉を、心から――。」

久子の目に、なみだがあふれました。

――殺されてもいいや。――

と、久子は思いました。

「心から、愛します。」

 

ボーゼはますます怒り狂う。

 

「そうだ、この子は、わたしの弟子にして、もっと銀のフルートをふかせなくっちゃ。そうだ、フルートだ。フルートはどこだ。」

 

そこへ突然「ボーゼさん! ゆうびん!」という声が入ってきた。

ネコ犬だった。久子は助けを求めてネコ犬のそばへ駆け寄るが、ボーゼの心はたった今わたされた手紙に心を奪われてるようだった。

 

「四日後のオリンピックで、ジンナラ魚が、組織委員長として開会宣言をするんだな。よし、その場であいつを料理してしまわなきゃ。」

 

 ネコ犬が印鑑を求めて時間を稼いでいる間に久子は走った。あとからネコ犬も追いついてくる。ぼくらは秘密の通路をつかうからボーゼは追いきれない、とネコ犬は久子を励ます。

 久子はネコ犬にサーヤのことを訊ねた。サーヤはとてもいい人らしい。銀のフルートがいけないんだ、とネコ犬は言う。

 

 銀のフルートはもともとネコ犬のお母さんのもので、歯を治してもらったお礼にムカシオオカミにあげた。ところがムカシオオカミがなんとかフルートを鳴らそうといじっているうちに、原因不明の熱病で歯という歯がガタガタになってしまい、それで総入れ歯にした。彼はフルートを怖がって古道具を扱ってるキザルのワーガスに売り払った。ワーガスは銀の髪には銀のフルートが似合うといって百倍以上の値段でボーゼに売りつけた。するとたちまちボーゼは火傷をして、姉妹は仲が悪くなった。

 

 話をしている間に、ボーゼの気配が近づいてくる。

 ネコ犬は非常用通路を教えてくれ、久子は無事に山荘の近くまで帰ってこられたのだった。

 

⑩カエデ森の金魚グマ

 いっぽうその頃、晶太郎。

 晶太郎が出会ったのは金魚を飼っている大グマだ。

 

 久子のことを気にかけながら森をさまよい歩いていると、金魚のたくさんいる池を見つけた。人里に出たことを感じつつ、金魚を狙うゴイサギを近寄らせないため、空腹のまま池のそばに座っていた。

 何時間がたった頃、北斗七星がやけに明るく輝き、白い光のなわばしごがのびてきて、バケツを提げた大クマが降りてきた。

「金魚屋さん、ですか。」おそるおそる声をかけると「金魚屋じゃないよ、金魚は、趣味で飼っている。売ったりはしない。」

 クマの提げているバケツには天の川から運んできた餌の魚が入っていた。大クマは晶太郎にも魚をとって食べさせてくれた。

 

 晶太郎が銀のフルートを持っているのを見ると、突然大声で

「すてろ! すてろ! そのフルートを、すてろ!」

 と叫んだ。晶太郎は驚いてフルートを金魚池に投げ捨てた。

 

「あれこそは魔女ののろいの銀のフルートにちがいない」

 

 大グマの話はこうだ。

 空の星座、大グマ座のとなりにあるヤマネコ座にはふたごの魔女が住んでいた。姉はギルド、妹はハルト。できそこないの姉妹で、ギルドには右目と右耳しかなく、ハルトには左目と左耳しかなかった。鼻はハルトが持ち、口はギルドが持っていた。

 魔女の家に代々つたわる銀のフルートは姉のギルドのものだった。口がないハルトでは吹けないので。ギルドはフルートで魔法をつかっていたずらをして遊び、夜は妹のハルトにあずけた。鼻のいいハルトは何かが近づくとすぐ気がつくから。

 ヤマネコ座の一匹のヤマネコがこの銀のフルートを狙っていた。このヤマネコは犬に憧れ、犬になりたいと思っていた。ある晩、ハルトから銀のフルートを盗み出すと天から降りてきてクレヨン王国へ逃げようとした。

 妹からフルートが盗まれたことを聞いたギルドは激怒。一つしかないハルトの目をくり抜いて呪いの秘薬にまぶし、「銀のフルートを追いかけ、中に潜り込め。そして二度と音を出させるな」と命じて天の川から地上めがけて投げつけた。

 ハルトの左目は地上に降りたばかりのヤマネコを見つけ、フルートの中に潜り込んで魔法を封じた。ヤマネコは魔法によって犬に変身しつつあったが、変身が止まってしまったため首から上だけネコのままになった。ヤマネコが生んだ子どもも、顔だけネコのネコ犬だった。

 ハルトの左目は残酷な姉のギルドをも呪っていたので、姉を恨んでいるひとだけはフルートを鳴らすことができるのだった。そしてその音でさらに姉への憎しみをかきたてるように仕向けた。

 

「とにかくハルトの左目は、なにを考えつくかしれたものじゃない。そんなフルートをもっていることは、とてもきけんだ。」

大グマが金魚池からフルートを取り出すと、目玉が呼び寄せたのか、フルートのなかに何千という金魚が吸い込まれていた。

大グマは力をふりしぼってフルートに息を吹き込んだ。フルートはめりめりと破裂しそうにきしむ。2回、3回。ハルトの左目が飛び出して夜空高く宇宙めがけて吹っ飛び、金魚たちも流れ落ちてきた。

「よし、これで、もう、フルートにのろわれた人々も、たちなおることができるぞ」

大グマが吹くと、あたたかく胸の奥にしみ入るような音色が出た。

フルートの音に導かれるようにボーゼが姿をあらわした。

 

「このフルートは、おまえに返さない。」と大グマは言った。「わたしから魔女ギルドの手に返そう。ボーゼよ、おまえも、いまは、姉夫婦をうらむ気持ちはなくなっていよう。おまえの不幸は、ハルトののろいのせいだったのだから。そのほおのやけどもいずれよくなるだろう。」

大グマは天に帰り、晶太郎はすっかりやわらかくなったボーゼに送ってもらえることになった。

 

え……そんな、あっけない……
これだけボーゼの話で引っ張ってそれって……

 

.⑪サボテン森のムササビ

ん? きり女ボーゼの話も一件落着したし、もう終わりじゃないの?

いいえ、まだまりよが残っています。

朝の当番として昆虫採集としているとき、ドシーンと大きな音がした。シラサギたちが重量上げの練習中に落とした岩のせいだった。

 

30羽でネットで石をつり上げて、その重さで勝負を決める競技らしい。

しかしネットに穴が空いて石が落ちてしまったのだと。

「おねがいします。石のかわりにネットにのってください」

まりよの体重がちょうど重量上げの規定の石と同じくらいらしい。

「じょうだんじゃない!」

「これは石ですよ。石だから、高い空からドーンとおとされてもなんにもいわずにおとなしくしているんですよ。あたしだったら、どうなると思うの? え? どうなると思うの?」

「あなたでも、やっぱり、もう、おとなしくしてると思いますよ。」

まりよは断るが、サギたちに懇願されて考え直す。

ほかの六人の友だちはみんなこの森で変わった経験をした。みやげ話どころか一生の思い出になるようなふしぎな出来事にめぐりあった。その順番が自分にもまわってきたのではないか。

――勇気をだして、運命にのっかってみよう。きょうが森でおくる最後の一日。これをのがしたら、あたしだけ、はずれ、だわ。――

 

サギたちに付き合うことにしたが、練習のうちにヘトヘトになったサギたちはまりよにはどこだかわからない場所に降りて休憩に入ってしまう。

サギたちは待っている間にサボテン森のムササビ、フーロさんの工房を見学するといいとすすめる。

まりよは、宿題を手伝ってくれる人がいい、と言う。他のみんなは「嫌いな曜日を好きになる」宿題をこの森でクリアしている。

フーロ氏は芸術家で絵がうまく、彫刻や工作も得意。

工房にはオリンピック会場に使うトーテムポールが彩られ、優勝メダルも飾られていた。

 

そんな宿題じゃないんだけど……と思いつつ、まりよは訊ねた。

「あのう、友だちにうそをついてしまって、うそだっていえない場合は、どうしたらいいんでしょう。」

フーロ氏の動きが止まる。

「うそだったって、あやまりたいんですけど、それが、なかなかできないでこまっているんです。それを解決するのが宿題なんです。」

「うん、うん。」

「いおう、いおうと思っても、顔を見ると、いえなくなっちゃうんです。」

「うん、うん。」

「それで、もう、いまさらうそだったっていえないんです。もっとまえだったらよかったけど。」

「うん、うん。」

フーロ氏は部屋の中を落ち着きなく飛び回っていて話にならない。

まりよはサギたちに連れて帰ってもらった。

 

山荘での最後の夜、みんなでふしぎな森でのことをおしゃべりしていると、入り口のカウベルが鳴った。

入り口には白い封筒があり、中にはバッジ、手紙、輪投げの輪が入っていた。

オリエンテーリングでなくなった、7個の木の葉のバッジだ。

 

「バッジをだまってもちさったことおゆるしください。あまりにすばらしいので、オリンピックメダルの参考にするつもりで、ほんの一日仕事場にもち帰りました。弟子たちの目にふれて、わたしの作品と思われてしまい、心ならずも、うそをついたために日に日に返せなくなってしまいました。けさの女の子の宿題の話、こたえました。はずかしいです。

 お返しして、あやまります。ゆるしてください。

 

                             サボテン森六―六

                             ムササビ=フーロ」

 

 手紙という手があったか!と、まりよは友だちにあてて手紙を書き始めた。

 

 杉本先生はバッジをみんなに渡し、輪投げの輪を取り上げると

「このなくなった5つの輪はどうなったか。輪の色を考えてみると、ここにある二つが白とピンク。たりないのは、赤、青、黄、黒、緑。――つまりオリンピックのマークじゃないか。思うに、七つの森のどこかで、先生の輪投げは、五輪マークとしてかざられているんだよ。それは、それで、ひじょうにたのしい。」

 

⑫空からさようなら

帰る日の朝。

みんなで空を見ていると、雄三郎は雲がネコ犬に形になったのを見つけた。晶太郎ははしごと金魚グマを、ゆりえはキザルのイーガスとウナギ屋を、千加はドングリたちを、久子はボーゼとサーヤ、そしておそらくジンナラ魚の姿を。そして最後にムササビ=フーロの姿をした雲が空をかけまわった。

板倉先生が「あの人たちは、なんていってる?」と訊ねると

「さよなら。」

「ありがとうっていってる。」

「これからも、観察をつづけてっていってる。」

絵描きの杉本先生は空に見入って、子どもたちに

クレヨン王国が、みんなにおくってくれたこの美しい絵のことをわすれるなよ。地球が人間だけのものでないことをな。」

 

帰る準備ができても、子どもたちは雲に見入っていた。(イイ話風

(完)